interview

「アスリートのデュアルキャリアについて」 〜井筒陸也の原体験から探るアスリートのキャリア形成について〜 #1

投稿日:2018年6月4日 更新日:

デュアルキャリアを体現しているアスリートに話を聞く「AYSインタビューコーナー」。記念すべき最初のインタビュイーは、大学サッカー史上唯一の単独での四冠を成し遂げ、現在J2の徳島ヴォルティスで選手会長も務める井筒陸也さん。「敗北のスポーツ学」というオウンドメディアでもスポーツと社会の関係性についても発信されています。その思考の源泉についてお話を伺ってきました。

 

井筒陸也さんプロフィール

1994年生まれ。大阪府出身。中学時代は創設者自らが産業廃棄物処理場と宣言するチームで「サッカーやっていい身体能力ではない」と毎日言われる中、ボールを蹴る。初芝橋本高校、関西学院大学でともにサッカー部で主将。大学四年次に二度の日本一を含むすべての学生タイトル獲得、人生のピークを迎える。2016年からJリーグ徳島ヴォルティスでプロサッカー選手、選手会長。年間70万円がAmazonで買う書籍代に消える。(個人メディア「敗北のスポーツ学」 http://note.mu/izz_izm)

 

 

 

【高校時代からリーダーとして生きてきた】

杉谷瑛介(以下、杉谷) まず井筒さんを知らない方にもわかるようなキャリアや、キャプテンに至るまでの経緯について聞かしてもらいたいです。最初にサッカーを始めたきっかけは何ですか?

井筒陸也氏(以下、井筒) ざっくりでいいですかね。元々めっちゃ体が弱くて、今もあるんですけどぜんそく持ちで。その影響でスポーツとかやった方がいいんじゃないか、みたいな話からサッカーを始めたというエピソードがとりあえずあります。

でも運動神経も全然良くないし、足も昔から遅い。だから全然『サッカーを続けてこれからのし上がってやろう!』っていうよりは単純に近くにクラブチームがあったのもあるし、ぜんそくを治すためにサッカーを始めたのがきっかけです。

そしてそのクラブチームも大阪の4部とか、もう全国大会も行けるわけもなく。

杉谷 それは相当弱いですね(笑)

井筒 いや、もう相当。地区大会も1発目で負けるようなチームで…。ただここにいた指導者がすごい良い人だったんです。そのあと僕の高校に来て、阪南大学でキーパーコーチしてそのあと関西選抜も一緒で、結局その人とは小中高大全部一緒にやってきてます。

その人も色々とやっていて障害者サッカーとかに携わってたりとか、まぁ色んな活動をしている人なんですけど、その方との出会いもあったりして、サッカーを小中と弱いなりにガツガツやってました。

高校では、その人のコネみたいなところで、一応和歌山では強めの私立の高校に行ってきました。僕的にはけっこう打算的な感じで、大阪とか、それこそ京都は激戦区だから和歌山とか奈良とかに行った方が全国に出れるんじゃないか?みたいな計算もあって、県外の和歌山県の高校に行きました。

ただ、僕が行く前は全国大会の常連だったんですけど、僕が被っている1〜2個上の先輩はなかなか全国大会に行けないのを見て、これはまずいと。ちょっと思ってたイメージと違うなと。そこから僕の中では自分の人生は自分で切り開くという決意をしたんです。というか高校に入っちゃって、もう辞めれないんで(笑)

これからどうしようかな?と思ったんですけど、まぁ言っていても仕方がないので、自分がキャプテンでも何でもやってチームを良くして、自分が主体となって全国大会とか叶えないといけないと考えるようになりました。そういうところで自分の人生に前向きというか主体的になった感覚はあった。

自分のリーダーシップ像としては、肩書とかがキャプテンを作るんじゃなくて自分の行動でしか周りは動かせないというのがあるんですけど、この時にそれは身にしみて感じてました。実際言うだけでは人は動いてくれないので。

それならと自分がトンボ(※グラウンド整備に使用する道具)とかを率先してやるようになりました。その時からやっと周りも共感してくれるようになり、初めて自分がキャプテンになることが出来ました。そういうところの経験もあって自分のリーダーシップの原点はあります。その結果三年の時は和歌山で勝ちました。

 

 

 

【サッカー選手は2種類の人間がいる】

杉谷 井筒さんの特徴として『自分を客観視する力』が高いことがあると思うんですが、自分を客観視するようになったのはいつからだと認識していますか?僕自身、デュアルキャリアとかって今は大学生にやってますけど、結局人間の本質とか幼少期に決まってしまうと思っているので。

井筒 そうですねー。小中のとこからは少し離れるんですけど、大学ですごく感じたのは、後輩とかに四年生がやってることが凄い腹がたったんですよ。

高校とかもそうなんですけど基本的には一年のときに理不尽に厳しくされていた後輩が三年になる訳じゃないですか。当たり前なんですけどその三年になった奴らは後輩に同じことをするんですよ。過去があるから。

僕はそれに納得がいかなくて、なんで自分が嫌だったことを三年になった時にできるのか。高校生の時から「やられてきたからやる」みたいな発想が一番さむいなと思っていました。

解決策として何をしたかというと、大学も構造は同じなので、一年の時に思っていた四年生のダメなところってあるじゃないですか。そういうことを全部メモして、覚えていたんですよ。箇条書きにバァーッてして。それを四年生の自分がキャプテンの時に変えただけで、組織はめちゃくちゃ良くなった実感がありました。

それも客観視みたいなとこだと思っていて、四年生になった時も常に後輩が四年生に対してどう思っているのかを俺が今一年生だったら俺らのことどう思うのかな?みたいな想像は常に持つようにしていました。そこの後輩視点での気持ちみたいなのは今でも持ってますし、常に持ってるっていうのが、自分の特性ではあるのかなと思っています。

 

 ©️Yasuyo KANIE

 

あとは、なんでそういう人間になったみたいなところでいうと、サッカーってポジションとかで必要とされるプレーが変わってくるんですよね。それに伴って選手は自分の個性でガンガン行くタイプと、自分みたいにアジャストして行くタイプと二つに別れると思っていて。

僕は元々センターバックやったんですけど、プロになった今は基本サイドバックをやっています。このサイドバックというのも、特殊な監督がもうフォワードの位置のとこまで行くような戦術を使うので、自分でシュート打ったりクロス上げることが一気に増えました。そんな風に僕はどっちかっていうと求められたものに自分を合わせていくタイプ。

逆にいわゆる「こいつプロになる」という人間は、めちゃくちゃ足が速い、めちゃくちゃドリブルができる、めちゃくちゃ背が高いとか強烈な個性をもっていて、だから監督もここを軸にチームを作っていく。

要するにサッカー選手には自分みたいな調整型のタイプと、こういう「チームにハマるかどうかは運次第!」みたいな人間の二つのタイプがあって、プロになるのはほとんど後者です。

でも逆に言うと、そういう選手は中学校でも高校でも「突出する」ことにフォーカスを当てているので、プロになるとそこを調整する能力みたいなのがない場合が多いと思うんです。

だから監督の戦術にハマらなかったりだとか、新しいポジションやらされてうまくいかないということがある。それに対して僕はずっと別に大した事はない選手でどこのチームでも別に一番じゃなかったし、そんなかで自分をどう活かすのかみたいな。

大学時代でいうと、呉家と小林(※大学時のチームメイト。共に大卒後プロ入り)みたいなガンガン個性のある選手がいる中で、よし、俺はもうビデオ撮りまくろう。みたいな。笑(一回生の井筒はビデオ係を任されていた)

こういう自分のポジショニングというか、客観的に見た時に自分はどこにハマるべきで、今どこに一番需要があって、自分が一番価値が出せるのはどこなのかというのはすごく考えるようになりました。

自分のサッカーの技術とか身体能力で差があったからこそ、常に周りを見ながら、自分を客観視して、最適解を調整していくという能力はサッカーを起点に育ちましたね。

だから今「『サッカー×〇〇』に何を当てはめたら希少価値が出せるのか?」ということを考えているのも、自分が好きでやってる部分もあるし、世間の空いてるところに僕があえて立ってるっていう捉え方もしています

そこの客観視する力に関しては、別にサッカーが上手くなくても、特徴がないところから鍛えていけるので、自分は合ってたなと思っています。

 

 ©️TOKUSHIMA VORTIS

 

 

【スポーツから学べることは山ほどある】

杉谷 だからスポーツそのものから学べることっていうのはもう山ほどあるっていう認識ですか?

井筒 山ほどありますね。それはもうめちゃくちゃありますね。 それも結局色々な人と関わりを持って自分の考えを伝えたりとか、話題のビジネス書とか読んだら、色んな概念が分かるじゃないですか。僕そういうのが結構好きで。

さっきのプレースタイルという話でも、ビジネスでは「マーケットイン・プロダクトアウト」という概念があるじゃないですか。自社の商品をマーケットに合わせるのか、それとも、自社の強みから良いものを先に作ってそれをお客さんに買ってもらうのか。

これも結局自分はどちらかというとマーケットインを意識してきた時間が長くて、サッカー選手はだいたいプロダクトアウトで自分のプレーを磨きまくる。だからその市場(監督)とのマッチングとか無視しちゃうから上手く行かない場合もあると思っていて。

監督にハマるべきなのか、自分が好きなプレーをするのか。これまぁ難しいとこなんですけど、別に監督にハマることが全てじゃないと思うし。ただこのフレームワークを一個理解しているだけで「俺は今マーケットインで行くべきなのか、プロダクトアウトで行くべきなのか?」みたいなを考えられるので、心理的には楽かなと思いますね。

モヤモヤするじゃないですか。よく分かんねぇとか。監督に合わした方がいいのか、自分のプレーをした方がいいのかみたいな。今はもう戦略的にマーケットインで監督に合わしたら良いんじゃないかとか考えると、そういう悩みが起こらないという分析はありますね。

 

 

【影響力は自制しなければいけない】

杉谷 一つ思ったのが、井筒さんは『仮説を立てる』習慣は日頃からあると思うんですけど、それをスポーツに当てはめると、チームを相手に『検証をする』作業も必要だと思うんですよ。そこに関しては井筒さんはどんなことを意識されていましたか?

井筒 検証というかは分からないんですけど、高校の時にキャプテンやのにチームが全然話を聞いてくれないっていうのが強烈に残ってるんですよね。いや、聞いてくれるんですけど納得していないみたいな。

だからひたすらとりあえず「やってみる(検証してみる)」みたいなところは基本的にはあります。これに関しては大学の時もやりすぎて失敗したんですけど。

例えば、とっくに僕のAチームの練習は終わってるんですけど、ずっと部室にこもってなんか資料読んでるフリしてて、cチームが夜練から帰って部室開けたらまたキャプテン部室に残ってサッカー部のことしてるぞみたいな。笑 これも戦略の一つですよね。

そういう細かい配慮でチームが変わっていく実感はあったんですよ。他のカテゴリーの練習行ってみたりとか、他のカテゴリーの試合見に行ったりとか。それは検証するという気持ちでは無かったですけど、結構共感力は高いって自分では思っていて人の気持ちは結構わかる方なんで。

今自分が発言したことに対して後輩がどれぐらいの納得感を持っているみたいなところは、何となく透けて見えます。最初何も共感する努力をしていない自分の状態で、例えば「勉強会するぞ」と言うと、大体後輩は「まぁ、分かりました」という感じじゃないですか。もちろん先輩に言われてるから来るけど、全く積極的じゃないみたいな。

でも、勉強会の準備をリーダーの自分が率先してやったりとか、「俺こういうチーム作りたくてだから、こういう勉強会するべきだと思うんだよね」というビジョンをもうひたすら語ったりとかを地道に継続する。そういう自分の理念にあった行動とかコミュニケーションを取ったりしてると徐々に後輩が変わって来るみたいな手応えはありました。

でもその変わっていく反面、自分が伝えられる「相手への影響の範囲」を自分自身が超えないようにするということは絶対的に意識していました。

いや、そこを超えても出来るじゃないですか。キャプテンだから大学生の時は権力もあるし。でもその権力のラインと実際に『井筒』という個人が伝えた時に響くラインっていうのはちょっと離れてると思うんです。自分の肌感覚で「今なら結構厳しいこといってもこの後輩響いてくれるんじゃないか」という関係性がないのに、怒ってもただビビるだけだから。

ここを超えないように気をつけながら、今どれくらい影響が広がってるのか、みたいなのは、検証というかずっと意識してきましたね。

 

 

【チームをマネジメントする難しさ】

坂東 リーダーシップとか影響の与え方とか、行動から自分の影響を広げて行くってことなんですけど、その行動をどうやって共感に持っていくのですか?

井筒 そうですね。大学の時の失敗で、自分ができる範囲は限られてるなって実感しました。当時は部員が150人くらいいたんですけど、もっとコミュニケーションを取らなければということで、一人30分の個人面談を70時間くらいかけて実行しました。

それでこっちは満足したんですよ。後輩一人一人とコミュニケーションとってキャプテンすげぇみたいな。でも僕が卒業して2年後くらいに、僕が4年時の当時1年のマネージャーと連絡する機会があって「個人面談どうだった?」と聞いたら「正直もう地獄でした」と言われて。笑

主務・主将と後輩の2対1で話したんですけど、それでは思ってることが言えなかったようで、考えてみたら当たり前の話ですよね。でも僕らはやった気になっていて、後輩とコミュニケーションとってドヤ顔をしていていました。例えば同じカテゴリーのcチームのキャプテンの四年生がやるとか、もう一人仲介するような先輩がいたら相手も話しやすかったのかもしれません。

そういう話を聞いたときに、全部リーダーである自分がやるよりも、上手く後輩とか下のカテゴリーのメンバーに仕事を振った方が良かったのかとか、今振り返ると考えることは沢山ありますね。

高校の時にひたすら自分がまずやらないと周りを動かせないという経験があったので、大学で四年間走りまくったら、結局ちょっと雲の上のキャプテンみたいなのになってしまった。

サッカーのプレーで圧倒的な結果を出してたら鶴の一声みたいな感じでまとまったりしますが、僕はそうじゃなかった。それならもっと思考を巡らせて、自分ができることとできないことを区別しながら、影響力を作っていくというのは、今なら少しは出来るのかなと思います。

杉谷 企業のマネジメント論みたいですね。最初高校でマンパワーでやりすぎて下の子が離れちゃったのを学習して、大学ではコミュニケーションとりながらっていう。

井筒 確かに。今はちょっとまた違うマネジメントができるかもしれないですね。

 

 

後編へ続く…

 

インタビュイー 井筒陸也
取材チーム 杉谷瑛介 坂東諒
取材日時2018年5月9日15:00~17:00

-interview

執筆者: